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平成12年1月29日

 年始年末の休みの間に、本の整理をした。取っておいた本を見直してみたら、小説のような全くのお話の本と、カタログのような本がその大部分を占め、何かの問題を解説、解釈したり、作業や活動のやり方を述べた本を、僕はほとんど持っていなかった。このコラムを書いているためなのだろうか、様々な所から、お話をしてくれませんか、というお願いがくる。で、話の内容を打ち合わせると、たいていは、すぐ使える子どもとの付き合い方、なんていうのが多いんだな。ううむ、こういうのは困るんだよなあ。だいたい僕は、一般的に子どもとつきあうのは、あまりうまくないし、すぐにきく解熱剤のような話も、あまりないんだよなあ。
 病気をなおすもっとも基本的なやり方は、まず、病気にならないようにするための毎日の生活習慣を組み立てなおすことである。解熱剤で熱を下げたって、発熱の原因そのものを退治しないかぎり、熱は再び出る。もしも、僕のやり方が、すぐにきく解熱剤のように見えるのなら、そう見える秘訣は、そこにある問題の解決法を直接考えることではなく、なぜそうなったかを見つけて、その原因を「自分で考えて、変える」ことにある。自分で考えるとき、ほかの人が考えた方法は、あまり役に立たないと思った方がいい。ほかの人は、自分ではなく、人には一人一人異なる都合というものがある。
 僕は、お話の本を読むのが好きだ。お話の本は、たぶん、一人になる練習に最適なのだ。新しい何かに向かうことになったとき、本当にバックアップしてくれるものは、一人でやる自分を肯定してくれるものであって、自分と同じにした方が良いとささやくものでは決して、ない、と、僕は思う。ハウツウ(どうやって)ではなく、ホワイ(なぜ?)。今年も、楽しく生活を組み立てたい。

平成12年2月26日

 去年、僕の一番下の弟たちに赤ちゃんが生まれた。今年来た年賀状にも、子どもができました、や、大きくなりました、というお知らせが何通かあった。
 僕がこのコラムを書き始めて10年以上立つ。僕の子どもたちはもうほとんど大人で、仲良しではあるけれど、少しずつ、僕とかみさんから離れ始めている。このコラムは、子どもと大人の関係を見つめるエッセーとしてスタートし、最初の文は、70年代の終わり頃のニューヨークで、かみさんと一緒に、上の娘を自然分娩で生んだ体験を書いたものだった。そして、子どもはどんどん大きくなる。子どもと大人の関係は、ある時期から、親の意識とはほとんど関係なく、大人と大人の関係になってゆく。「お父さんのひとりごと」は、子どもたちを見つめたひとりごとのような、実は語りかけだったのが、最近では、遠くを見つめた頑固ジジイのたわごとのような、本当のひとりごとになってきてしまっている。よし、もうそろそろ潮時だ。子どもとの関係についてのお話は、誰かもっと適当な人にお願いした方がいい。そう、思い始めていた。
 生まれたばかりの赤ん坊を見ていると、そう思うこと自体が、実は今そこにある状況に対して、真剣に正直に対応する心構えをやめ始めていることなのではないか、ということに気付く。年齢的に大人になることとは別に、親と子という関係の状況は、歳によって変わるというものではない。そこにあるのは、先輩としての人間と、今、拡大の最中の人間との、正直で真剣な関係を組み立てられるか、という姿勢だけなのではないか。
 頑固ジジイであることを自覚しつつ、もうしばらくこのコラムを書き続けてみようと、自分の身の回りに現れた、新しく小さい人たちを見ながら考えている。

平成12年3月25日

 4月から小学生になる人たちが、お別れ遠足で美術館に来て、廊下に整列している。これまでよりは少し集団生活を意識しているのだろうか、遠くから聞いていると、なんだか軍隊の訓練のような号令が聞こえてくる。僕は、結構昔に少年をやっていたから、戦争ごっこや戦争映画は好きだ。みんなで力を合わせて目的を達成するとか、みんなの役に立つ行動とか、そういうのはかっこいいんじゃないかと思っている。しかし、どうも、いわゆる軍隊的なシステムというものは好きになれない。「集合、注目。」と始めるのと、「さて、そろそろ始めますか。」とみんなを見回すことは、どこか大切なところが違うように、僕には思える。
 映画や本では、たいてい、規則やシステムだけでは、作戦がうまく進まなくなってきたあたりから、物語は盛り上がる。若く、着任したての隊長が、規則や知識に従って次々命令を出し、それが現実とうまくかみ合わなくなってくる。経験豊かな軍曹が、今、目の前でおこっていることを、ていねいに注意深く観察して、適材適所に隊員を配置し、一番面倒なことは自分でかたづけて、危機を脱する。ううむ、ここんとこが、集団で行動するときの醍醐味なのではないかしら。
 たぶん、集団生活をするときに大切なことは、みんなが一糸乱れず同じ行動をする、できるようになる、ということではない。人間が集団で行動するときに一番大切なことは、一人一人が違うことを、その団体に属する一人一人が自覚し尊重し会うことなのだ。その上で、しかし、私たちは力を合わせて何事かを成し遂げられる。そういうのだったら、集団生活の練習をするのも、なかなか楽しいことなんだがなあと、昔、団体行動があまり好きでなかった僕は、思うのであった。

平成12年4月22日

 私は大人なので、少し魔法使いなのである。私だけではなく、大人はたいてい誰でも、少しは魔法が使えるものなのである。たとえば、最近、お日さまが少しでも顔を出している日には、美術館創作室の廊下の壁に、小さな丸い虹がかかる。えへん、この虹は、私が魔法でかけているものなのである。大変きれいに7色が見える小さい虹は、ときどきゆらゆらと動きながら、少しずつ壁の上を動いてゆく。ある時、私が、この虹をだす魔法をかけていたら、通りかかったどこかのお母さんに見つかってしまった。すると、そのお母さんは、「ほら、こっちに来て、齋さんが虹を作っているところを見なさい。ああやって、作るのねえ。」と、その子どもを呼んでしまったのだな。まったく。私は今、魔法をかけているところなんだってば。本物の大人なら、見ればわかるのになあ。
 毎日の生活を豊かにおくるために、子どもの頃に学んでおかなければいけない様々で膨大な情報のうち、どうすれば虹ができるのか、なんて事は、ま、どうでもいいことの一つかもしれない。どうすれば、なんて事は、必要になったときに、誰かに、そう美術館かどこかにでも、聞けばいい。大切なことは「うっひゃー! あそこに小さい虹がある!」と、ビックリすることのできる心を持つことなのだ。ビックリのない人生なんて、とてもつまんないと、僕は、思うんだがな。
 学校で理科の授業が始まれば、僕たちは、この世の中のほとんどのことは、たいてい魔法とは関係なく、成り立っていることを知る。しかし、だからこそ、僕たちは、ビックリという、理科とはちがうものの受け止め方が、大切であることを心に留めておきたい。ビックリしなければ、僕たちの知っている科学のほとんどが始まらなかったのだということをこそ、忘れないようにしたいものだと思う。

平成12年5月27日

 子どもと活動をしていると、夢中になってきた子どもたちが、「さい(齋)い!」と、元気いっぱいの顔で、たいへん肯定的に呼びかけてくるときがある。初めて会った大人である僕を、「さいいのぞましいということは、大人と子どもが、対等の関係を保ちつつ、何事かを、力を合わせて成し遂げていく方法を持っている、というほどの意味だ。とは言え、僕は、「大正生まれ」の両親に、きちんと「躾られつつ」大きくなった、昭和26年生まれの「男子」なので、小さい人たちが、どんなに肯定的であろうと、大人の人を呼び捨てにすることにどうも、いまだになじまない感情をもつ。
 しかし、ふと思えば、英語で話しているときは、全部この方式、すなわち、みんな、ファーストネームで呼び合う、という方法で会話は進んでゆくということに気付く。相手が大統領であろうと、幼稚園の園児であろうと、「さいい」は「さいい」なのだというところから始める、または始まる会話。Aという考え方と、Bという、まったく違った考え方があって、なんとか一緒に何かをするために、話し合いをしつつ、A'でも、B'でもない、Cというやり方を作り上げなくてはいけない場合、さて、どっちのやり方の方が話が早く、深くなるだろうか。
 もちろん、ただ呼び捨てにすることと、ファーストネームで呼び合うということは、違うことではあるけれど、話の立つ場所として考えると、日本の大人が忘れている、何かたいへん大切なことが、このへんにあるように、僕には思える。
 そうか、子どもの頃から英語を始めようということは、そういうことだったのね。

平成12年6月24日

 季節がら、雨の日が続く。子どもたちとの活動がある日は、まず天気が気にかかる。でも雨は、僕ら大人の思惑などとは関係なしに、降る。本当は動物園に行く予定なのですが、雨が降ったら美術館に行って何かできませんか、という問い合わせが、だから、この時期けっこうある。子どもたちと一緒にやる作業を考えるとき、よほど意識的に考えないかぎり、最近の大人は、自然と、全体の流れを管理しやすく、後始末に手がかからないようなやり方を、組み立ててしまうことが多い。いや、子どもの安全と健康が心配なのだ、という人もいるけれど、だから、それって、様々面倒になりそうなことは事前に避けるってことなのではないのかなあ。普通、僕たちの毎日の生活は、雨が降ろうが、槍?が降ろうが、ほとんど同じようにすぎてゆく。だから、普通通りやればいいのに。
 できるだけ普通に、予定していたことを、雨の中でやってみる。すると、様々、面白いことがおこる。雨降りの中で、普通のとおりのお散歩をしてみたりすると、そうか、冒険や探検は、ごく普通のこんな場所にもあったのだなあ、と思える。匂いが違うとか、色がきれいだとか、肯定的なことだけでなく、いやはや、僕の自慢のカッパは、こんなにすぐ雨がしみてしまうのだ、とか、靴下のずり落ちをなんとかしたい、とか、否定的なことも含めた経験が展開される。でも、子どもたちと一緒にする作業のそもそもの目的は、様々な経験を積み重ねることだったはずで、だとすれば、こっちの方が、晴れて何事もなくすぎる活動より、ずっと面白い。作業の最後に、お風呂屋さんなんかになだれ込んで、体を温め、着替えをするっていうのを忘れなければ、雨の日に外で遊ぶことは、なかなか捨てがたいことなのだがなあ。

平成12年7月22日

 展覧会の感想を短く書く、というのはたいへん難しい。でも、考えるところがあるので、6月にあった、YSという若い女の人の写真展のことを話したい。機械がよくなってきたので、最近は、誰でも気軽に上手な写真が撮れるようになった。だから今、写真はいっそう、それを撮っている人の視点−私は何を視ているのか−だけが、強く問われる。彼女は、自分のよく乗るバスの、窓から見える風景と、偶然乗り合わせた人たちの様子を撮った。至って普通の、街と郊外を結ぶバスの中の写真は、最近撮ったものなのに、まるで昭和の時代のころのようななつかしさと既視感−どこかで見たことのある安心感−にあふれていた。
 「私は、あまりバスに乗らないのですが、バスの中って、やさしさにあふれているのですね。」という感想を述べている人がいたが、それは違う。バスの中がやさしいのではなく、これを撮った彼女の視線がやさしいのだ、という見方。私という人間は、まず一人でここにいる、ということを肯定したところから見つめる連帯感。私は一人で、ここから一人一人の人の集まった状態を見ている。孤立をおそれず、連帯を信じて、だったか、求めてだったか、そんな言葉を、昔、使っていたことを思い出す。
 知らないうちに、一人でいることを恐れ、連帯感というよりは、集団意識ベッタリの視点になってしまいがちな私たちの生活の中に、彼女の目が切り取った小さな世界は、一人でいることや、一人で見るということが、別に困ったり悩んだりするようなものではなく、むしろ、そここそが、私とあなたのもともと立っている場所であることを思い出させる。
 きちんと孤立した視線こそが、私たちの連帯の意識をゆり動かし、まわりを見る目をやさしくさせるのだ。

平成12年8月26日

 僕の下の弟に息子が生まれて、もうすぐ1年になる。弟たちは、実家のそばに住んでいるので、何かの時には、僕の母と父に、子守をたのむ。だから、ときどき、実家に顔を出すおり、彼に会うことがある。1歳少し前という典型的な赤ん坊が、もうしばらく忘れていた「僕のお母さんの胸」に、しっかりとしがみついて、「この人は誰だ?。」という真剣なまなざしで、一生懸命、僕を見ている。ううむ、おまえは、誰だ?。 初めてあった霊長類の近づき方というものは、まず、お互いに敵意のないことを示して、しばらく一緒に静かな同じ時間を過ごす、というようなものだから、僕は、彼から少し離れたところにゴロリと横になって、ときどきニコリと目を合わせながら、雑誌を読む。彼は、彼の仕事−たたんだタオルケットをくちゃくちゃにするとか−をしながら、ときどきこっちを見ていて、いつの間にか静かにそばにいる。
 僕の母親のやり方は違う。彼女は、彼といるあいだじゅうずうっと話しかける。名前を呼ぶのはもちろん、彼がしていることや、見ているものやこと、見えているものやことを、次々に実況放送していく。彼女によれば、赤ん坊の彼のふるまいは、彼女の長男である僕の赤ん坊だったころとよく似ているという。ひゃーっ、僕ってこうだったの。そして、お母さんも。僕は、「男は黙って行動を」という社会状況の中にあっても、小さいころからおしゃべりな子どもだった。そうか、記憶にはなかったけれど、僕もこんなふうに、お母さんに話しかけられて、大きくなってきたのだったのか。
 何をするにせよ、人間はまず言葉で考える。相手が何を見て、何を想い、私はこれを見て、そう考える。記憶のずうっと奥のところにある基本的なものの組み立て方。お母さんの胸にしがみついていた時代のお話が、今の僕につながっている。

平成12年9月30日

 ふと気付いたら、家の物干しに、新しい洗濯バサミがふえていた。橙や黄色、空色など、鮮やかな色彩が、ひもや竿の端で働いている。実は、僕は、洗濯バサミに、けっこううるさい。形が面白かったり材質が珍しかったりする洗濯バサミを見つけると、つい買ってしまう傾向がある。ま、たいした値段ではないので、はりきって宣言するほどのことでもないけどね。これまでで、一番気に入っていたのは、だいぶ昔に見つけた、小さなこけしのような形の木製のもので、こけしの胴にあたる部分に、下から割れ目が切ってあって、そこで洗濯物をはさみこむヤツ。ただ、気に入っているということと、使いやすいかということとは、ほとんど関係なくて、この木のヤツは、わりとすぐに使われなくなってしまった。電気洗濯機で洗って干すスピードと、うまくなじまなかったようなのだ。でも、その手ざわりや、形と動き方は、家のみんなに気に入られていたので、それからも、部屋の飾り物をとめるというような仕事で、しばらく使われ、いつの間にかなくなっていた。洗濯バサミって、いつの間にかなくなってしまうよね。
 新しく来た洗濯バサミは、最近街にふえてきた100円ショップで買ってきたという。ま、洗濯バサミだからね、何でもいいといえば何でもいいものなのだ。でも、どこかの小さな工場で、コストともうけをぎりぎりのところで考えながら、誰かちゃんとした大人の人が、これを造っている。そしてそのことを考えながら、僕は、あの、木製の洗濯バサミのことを思い出している。「あれ、よかったなあ。」と気付いたときには、それを作る機械も、作る人もいなくなっていたという体験を、たとえば、洗濯バサミでも、僕たちはしているのでないといいのだがなあ。

平成12年10月28日

 ほとんどの場合、コミュニケーションはまず、相手に伝えたいイメージを自分が持つことから始まる。あわてないで考えてみればわかるけれど、言葉やお話ができるかどうかは、その次の問題なのだ。小さい人が、手足を振りながら、ニコニコとあなたを見て言う「バブ、バブ。」は、「私は、あなたに会えてうれしい。」というメッセージがまずあって、知っている言葉や、唇の運動神経などと相談しながら、「バブ、バブ。」という言葉になって出てきている。「子どもの絵の指導をどうしたらよいか。子どもの絵は、自由に描かせておけばよいのか。」というような相談が、美術館の創作室に寄せられる。
 子どもだって、大人だって、見る仕組みは同じなのだから、見えている風景は同じものだ。でも、見えているもの−イメージしたもの−を紙の上に描くには、運動神経の使い方を含めた、けっこうな練習がいる。ある年齢の時には、あるところまでしか、うまく手が動いてくれないこともある。「やあ、こんにちは。」と言いたいのに、「バブ、バブ。」と言ってしまうように。
 普段あまり気にしてはいないけれど、目でものを見る、という作業は、私たちの身体がもつ情報収集方法の中では、もっとも威張っていて、百の情報を聞いても、一回見ることには負けてしまうことになっていたりする。私が見ているものを、見えているように描きたいという思いは、人間ならたいていの人がもっている。そして、見えているものにとらわれずに、自由に描きたいという思いも。
 大切なことは、どちらも、見ているその人の思いだと言うことだ。指導し、させるものではなく、相談し、手助けをする。私は大人だ、ということは、そういう手を差し伸べることができる、ということではなかっただろうか。

平成12年11月25日

 10月の末、僕は沖縄と仙台の美術家が共同で行う野外美術展に参加するため、何日か、沖縄にいた。会場は、那覇から車で30分ほどのO村にある、小さな共同保育所のまわりだったのだけれど、大きい道からちょっと外れたそのあたりの沖縄は、那覇の繁華街からは考えられないほどの、ごく普通の、時間がゆっくり流れている、田舎の生活と環境があった。そのような沖縄の生活のまわりにある雑木林というか、大きな自然は、家々の庭の植木を含めて、仙台から行った僕から見ると、全部ジャングルに見えてしまうのだった。で、そういう環境の中を、その保育所の子どもたちは、裸足でものすごいスピードで、走り回っていた。そして、何しろ暑い(毎日30度前後だった)ので、何か活動(ウサギ小屋の掃除とか、床に寝そべって絵を描くとか)が終わるたびに、1日何回も、水道の蛇口から水を跳ね上げ、裸で水浴びをする。お昼になれば、当番のお母さんたちが作ってくれた、ご飯とみそ汁とお煮付けを、みんなで食器を出してきて、自分でよそって、各自食べる。まだおしめをしている人から5歳の人まで、みんなそうする。うまくできない人には、年上の(といっても、その人自身が3歳だったりするのだけれど)人が手をさしのべる。いやはやなんとも、僕は今、何かものすごく良いものを見ているのではないかと思いましたね。
 もちろん、あっちこっちでけんかしていたりもするのだけれど、彼らが普段いる、木でできた大きな部屋の片隅に静かに座って、目と耳をすまし、幸福な混乱と騒がしさとでもいうものが一日中続いてゆく幸せを、僕は感じていた。あれは何だったのだろう。やはり、僕たちは、相当大切な何かを、もうすっかり忘れてしまっているのではなかろうか。