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平成10年1月31日

 このコラムを書き始めて、あっという間に9年半たってしまった。始まったばかりの頃、僕の2人の娘たちはまだ小学校の低学年で、当然、僕も新米のお父さんだった。9年たって、7歳の人は16歳に、11歳の人は20歳になった。2人ともほとんど大人の女の人で、1人でなんとかやってみる方法について、いろいろ心をくだいているように見える。そして、お父さんとしての僕は相変わらず新米のままだ。なにしろ、彼らは今でも小学生だった頃と同じように、毎日初めて出会うことっていうのがおこっているわけで、日々なにやかや、彼らにとっては新しくて真剣な質問や相談をしてくるわけですからね。
 もちろん、真剣な質問といったって、そんなことは、もう僕なんかとっくの昔に体験しちゃってますよ、というようなことが多いのだけれど、しかし、今この歳になって考えてみると、あのときはあれはああだったが、これはこうした方がよかったかもしれないな、というようなことが見えてきたりする。では、なぜ、あの時の私はあのようなことをしてしまったのか。ううむ、若いってけっこうはずかしい。おっと、そういうふうに見れば、僕だっていまだに毎日初めてのことがおこっていたりするわけだな。なにしろ、47歳になるのは僕にとっては初めての体験なんだからね。
 ううむ、若いってけっこうはずかしいということがわかってくると、いまだに僕は若気の至りをし続けているのではないかと、ふと足元を見つめることができるようになる。そして、相変わらずの若気の多さに、そっと赤くなりながら、今年も、僕は楽しく新米のお父さんをやっていくのだろうと思う。子どもと一緒にやるということは、こういうことなのだろうな。

平成10年2月28日

 じつは、僕は彫刻家なのである。公立の美術館にいてみんなの相談にのるという、公務員にしてなおかつ先生みたいな仕事もしているし、ま、夫にしてお父さんとか、モーターサイクルライダーにしてお散歩趣味人とか。「あなたの職業は?」と聞かれた時に答える用意はしてあるけれど、大切なところで職業を聞かれた場合、「私は彫刻家です」と、まずは答えたい。僕は、社会の中で空間の中に純粋な表現を創り出す、というのを仕事とする係なのである。大学の時の僕の彫刻の先生が今年度で退官となった。今、僕が勤めている美術館のギャラリーで、退官記念の展覧会をしている。学生にとって良い先生だったということは、逆から見ればものすごく世話をかけた先生ということであって、そして、彼は僕にとって大変良い先生だった。このコラムで何回か書いた通り、僕は大変なまいきな学生だったしね。
 展覧会と並行に、僕は先生に世話になった仲間といっしょに、彼の彫刻の作品集を作ることにした。さまざまあったけれど、今月初めその本はできてきた。
 自分の先生の作品集を作るという作業はとても不思議な体験で、同じような機会があったら、みんなぜひしてみることをおすすめしたい。自分の先生の足跡を丁寧にたどりなおすことは、とても直接的に自分の足元を点検しなおす作業になる。僕は彼の良い生徒とはあまりいえず、僕の作っているものは先生の作るものとはほとんど関係がないような形をしていたりするのだけれど、詳しくたどってみると、形以外の部分での共通点の多さには、少し驚くほどだった。で、先生は退官し、僕は彫刻家であるべき自分について、思いをめぐらしたりすることになるのである。

平成10年3月28日

 さて、困ったもんだ。こどもたちからナイフを取り上げなければいけないという。誤解を恐れず、しかし、一人の大人の人間として、ナイフのことについて考えたい。僕の2人の娘たちは、僕の知っている限り、おのおの2本ずつナイフを持っている。そのうち1本は、彼らが小学4年生のときに学校で買わされた、小さな切り出し小刀である。今から10年ほど前、公立小学校は子どもたち全員に小刀を与え、その使い方、たとえば、それで上手にえんぴつを削るとか、紙を2つに切り分けるとかの練習をしていたのである。その小刀は、今ではきちんと研ぎ上げられ(そう、切れない刃物ほど危険なものはない)、僕の作った木のケースに納まって、お守り刀のように彼らのベットの前にある。
 もう1本はスイス製の小さな万能ナイフで、これは確かサンタクロースのプレゼントではなかったろうか。ナイフと一緒に、良く切れるはさみや、プラスチックの爪楊枝などが付いていて、僕がちょっと楊枝貸してというとすぐどこからか出てくるところを見ると、いつもポケットやバッグなどの手の届くところに入っているはずだ。
 ナイフは人間にとって、最も古くからある基本的で大切な道具である。人間は、身に寸鉄を帯びることによってここまで進化してきたのだといってよい。
 問題は、使い方である。怖いナイフがあるのではない。怖い人間がいるのである。そして悪い子どもがいるのではなく、悪い大人がいるのである。ナイフを取り上げられたあの人たちは、当然、次は包丁を持ってくる。大人は、次に、台所から包丁を締め出す運動を始めるのだろうか。 
 あわてないで、何をまずなすべきかを考える時が、始まっていると僕は思う。

平成10年4月25日

 スピッツという名前のグループの青年たちが、テレビ番組でとても素敵な歌詞の曲を歌っていた。僕は歳をとるに従って涙もろくなってきているのだけれど、しかし不覚にも、テレビ画面の下に流れる歌詞を追いながら少し斜め下からにらむようにこっちを見つめて、一生懸命、しかしできるだけ当たり前のことを言っているのだというような感じで歌う、そのボーカルのお兄ちゃんを見て、きちんと涙を流してしまった。そこに無料のユートピアが出現しても、君と一緒にならば、僕はあえて脇目も振らず、汚れた靴でドカドカと、駆け抜けてしまうのだ。僕がここにいて、君がそこにいたということは、そういうことではなかったのか。と、彼らは歌う。そうだその通りだ。本当に・・・・。
 ふと思いなおすと、こういうことが最近けっこう多い。ドリームズ・カム・トゥルーの人たちが歌う曲や、沖縄の若い人たちが静かに歌う歌のいくつかを聞いて、「ううむ、そういうことなんだよなぁ、本当に」と、僕は知らないうちに静かに感動し、涙が流れていたりする。
 僕とおかみさんが、2人で、何かいろいろ若気の至りを繰り返しながら、社会のかなで生活というのを始めたころにこんな歌があったら、僕たちはそうとう力づけられたのになぁ。この人たちの言葉は、僕たちがあの頃の心の中に強く持っていて、しかしその時代ではこういう言葉にすることができなかった、大切なものだったのではなかろうか。
 日本語が乱れている、らしい。人々の心も、何かめちゃくちゃになってきている、という。だとしても、こういう言葉を紡ぎだせるようになってきたというのなら、ま、それもなかなかいいんじゃないかと、僕は考えている。

平成10年5月30日

 ニュースによると、仙台市内の保育所の数は十分ではないのだという。もっとたくさんの子どもたちが保育所に入ることができて、もっと長い時間保育してもらい、もっと小さい時期から預かってもらえないといけないのだという。しかし、これは何か変ではないか。この問題には、大変に込み入った事情が、複雑に絡み合って、表面からはうかがい知れないほど奥深くあることは十分に承知した上で、しかし、彼らのために、誤解を恐れず言っておきたい。
 子どもの立場から考えてみれば、保育所が充実することは、本当に彼らにとって幸せなことなのだろうか。僕が子どもだったら、とくに3歳以下の子どもだったら、保育所に行くの、やだな。
 子どもにとって、家庭や家族というシステムがいかに大切かということが、最近いたる所で話題になっている。そのとおりだ。さらに、小さいときはとても大切なのだと、いろいろな立場の人が言っている。だったら、まず、その方向でなんとかできないかを、僕たち大人はきちんと基本に戻って、本当に彼らのために、真剣に考え始めなければいけないのではないか。
 保育所の問題は、女性の社会進出と表裏で語られることが多いけれど、お母さんかお父さんが、いつも家にいるべきだというようなことを言うつもりはもちろんない。しかし、小さい子どもたちから見れば、まず家族と一緒に生きて、育っていくことができるということは、ごく当たり前の、そして最低限の人間の権利ではなかったか。
 保育所を充実することよりも、家族を充実するために税金を使う方法を、大人は頭をしぼって考えるべきではないか。子どもたちがどう生きるかを考えることは、僕たちの将来を考えることなのだから。

平成10年7月4日

 この前、電車に乗っていたら、向かいの席にいた小さい女の子がぐずり出した。一緒にいた若い両親は、なんとか彼女の気をそらそうとして、窓の外を見なさいとか、ほらもうすぐ着くからとか言っている。でも、彼女は、もう電車に乗るのにうんざりしてしまっているのだな。服装から見るに、たぶん今から法事のようなものに行く途中らしい。その服装自体が、もううんざりなのだと、その顔が語っている。子どもと一緒に行動を起こすとき、このような状況は極めて頻繁におこる、らしい。ふだんから、話し合いをしながらことを進める習慣にしてあれば、こうなる前に、何か打つ手が考えられると思うのだけれど、最初からずうっと、命令と服従の関係だけでものごとが進んでしまっていると、いざ、こんな具合に子どもが「きれて」(というふうに使っていいのかな?)しまうと、もう、打つ手はないらしい。
 気をそらせるのではなく、彼らがうんざりしている本当の理由についての相談にのる、という解決方法を選択することは、難しいことなのだろうか。それとも、そうしてはいけない深い理由が、大人にはあるのだろうか。たとえばこの場合、次の駅で、電車から降りちゃうという選択はどうだろう。この選択は、単に、子どもをあまやかしているだけの選択なのだろうか。
 たぶん子どもと一緒に生活するということは、降りてしまうというような選択肢が、何個か増えるということなのだろうと思う。いやはや何ともという気持ちで、ふだんなら絶対降りることのない駅に、子どもと一緒にぼう然と立ってみる。そして行くはずだった法事について、彼らとじっくり思いをはせてみる。何か新しくておもしろそうなことって、こういうところから始まるのではないかしら。

平成10年8月1日

 さて、夏休みだ、夏休みは長いけれど、休みなのだ。だから、まず休もう。
 なぜか、僕の周囲では、他の日はまったくしないのに、夏休みになったとたん、毎朝6時起きで体操が始まる。朝の体操が好きな人には申し訳ないが、いったい、これは、なぜなのだ?僕が小学校に入る前から(もう40年以上も前だ)続いているこれには、何かとてつもなく深い理由がかくされていルのだろうか。それとも、僕が思っているよりはるかに大勢の日本人が、〝夏休み(だけの)〟朝の体操が好きなのだろうか。長い休みの最初の日、特に予定がなければ、僕は普通、自然に目がさめるまで寝ている。家族はみんな出かけてしまっているだろう。洗濯機を動かしながら食事をし、新聞を見ながら便所に行きつつ軽く掃除をし、ひととおり家の仕事が済んだらお茶をたて、それを飲みながら、今日は何をするかなと考える。いろいろ考えているうちに昼が過ぎて、近くの本屋をのぞきに行っているうちに日が暮れてきて、「ま、明日も休みだからいいか」と、何かグウタラしているうちに眠くなって寝てしまう。こんな感じで3日間程過ごし、それからおもむろに「ううむ、これではいかん」と、何か遊ぶ計画をし始める。ま、こんなもんだよな、普通は。
 さて、どうして、子どもはこのようにしてはいけないのか。子どもは、毎日そうしてる、というのは、彼らをよく見ていない大人なのであって、普通の日、彼らはけっこう忙しい。なぜ、子どもたちはそうしていけないかについて、僕はあまり明快な理由を見つけられないでいる。大人のための理由はなんだかありそうだけれど、それは子どもの理由ではない。長い休みについて、大人は子どもと一緒に、その考え方、使い方を検討する時期にきているのではなかろうか。

平成10年9月26日


 美術館での僕の仕事は、やってくる子どもたちと美術的な活動をする項目も含まれていて、そのためいつのまにか僕は、子どもと遊ぶ専門家らしいということになっていたりする。ううむ、しかし、僕はただのお父さんにして、ただの美術家なわけで、子どもとの遊び方なんか、本当は良く知らないのだよなあ。だから、何か子どもたちと活動をやってもらえませんかというリクエストが来ると、本当に困る。で、そういう時、僕は、突然穴を掘り始めたりするのだな。なにやらさまざまヘンだった今年の夏、僕は2回、子どもたちと一緒に穴掘りをした。


h10.9.26.gif初めに掘ったのは、ある山の中の原っぱで、1年生から6年生までの子どもたち大勢と一緒だった。そこは、一見ただの原っぱだったのだけれど、掘ってみたら大きな岩がザクザク出てきて、何とも大変な重労働になったうえ、実は駐車場だったので、最後は全部埋め戻すことになったりして、いやはや、すごく充実して、疲れて、面白かった。
 2回目は、ある児童館の庭に、1歳から3歳の人たちと一緒に穴を掘った。天気が良かったので、僕は、みんなを無視してバンバン掘り進み、最初にちょっとした溝を作ってしまったのね。少し形が見え始めると、子どもたちは、かってに様々動き始めて、よく見ていれば、相当小さい人たちでも、自主的に始めればちゃんと働けるのだということがわかってくる。最後には、もちろん溝に水を流して、川や池にしてしまうわけで、いやはや何とも、真剣に、ビチャビチャに楽しかった。
 遊び方は、たいていそれをやる子ども自身の方が良く知っている。そこに関わる大人の仕事は、だからそれを「うむ、その通りだ」と肯定してあげることなのではないか。そういうのなら、僕得意なんだけどなあ。

平成10年10月24日

 今年の夏、僕の家にちょっとの間だけ、子どもの猫が住んでいた。僕は、集合住宅の官舎に住んでいる。たいていこういう所は、家の中で猫のような生き物を飼ってはいけないことになっている。長くなるので説明は省くけれど、それは重々承知の上で、しかし、相手は生き物なので、緊急に、ちょっとの間一時預かりというようなことが、やむを得ずおこってしまうというようなことは、たまにある。nblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEj8xEDOwf9ilbLTJTDdvhEs-vH-Rb_lprVI-ZNpl1JOjqCULcxrqK-LEhM_DTo9yRN_ZByCggszfqnzaJnf8scPs8hdi9Hpf7kfteY-ArQ9SSIii-DoXH0AbxOwrsfbkzs6jbep2-MyziR9/s1600-h/h10.10.24.gif">小さな水槽で、金魚やなんかを飼ったことはあったけれど、猫なんて初めて。面白くてかわいいのね、これが。じゃれたり、走り回ったりするのも面白いけれど、遊び疲れて寝てしまったりするのもいい。ううむ、こんなふうな小さい生き物が、私の家からいなくなって、もう、ずいぶんたつのなだあと、すっかり大人の女の人になった娘たちを見ながら、彼女らの小さかったころのことなんかを思い出したりしてしまった。
 申し訳ないけれど、お父さんにとって、子猫と子どもって、あんまりかわんないもんだったのかしらねえ、なんて、無責任なことを考えてしまったりもした。
 猫と人間を比べることに抵抗がある人もいるかも知れない。けれど、ごく若くてまだ小さい生き物が、それを取り巻く社会に与える影響は、人も猫もあまり変わらないのではないか。なにしろ気の休まるときが無いというような負のストレスを含めて、その社会に活力を与える存在としての子どもたち。膝の上で無心に眠るチビ猫をなでながら、僕はさまざまなことを考えた。
 その猫は、落ちつく場所に落ちつくことが出来て、今は、もう僕の家にはいない。でも、犬か猫を飼うために、家を建てるってのも良いかもしれないなと、僕は考え始めている。

平成10年12月5日

 子どもたちが集団で美術館にやってきて活動をする日、僕は、できるだけ半ズボンをはき、暑い日にはアロハシャツを着て、彼らとの活動をすることにしている。 僕の父親は大正生まれで、生涯、公務員を仕事にしていた。だから僕が半ズボンにアロハシャツという恰好で、公立の美術館の仕事をしているということに抵抗を持っている。先生は、いつもきちんとした恰好をしていなければいけない、ということらしい。
 でもねお父さん、子どもたちの方から考えてみたことある?僕が子どもだったら美術館にみんなで行って、僕たちの相手をしてくれる大人の人が、半ズボンにアロハシャツ姿で出てきて「やあ、よく来たね」とか言われたら、ただそれだけでも、わくわくしてしまうと思うけどなあ。そんなわくわくから始まる美術館の見学やお話って、考えたことある?そして反対に、出て来た人が暑い日なのに、白いYシャツにネクタイをしてスーツを着ていたときのことも考えてみるといいと思うの。
 大人が子どもを教育しようとする目的は、大人が扱いやすい子どもを作るためではもちろんない。人間を含めた地球という星全体にとって、良いことのできる成熟した大人を作るためにしているのである。ちょっと大上段過ぎるかもしれないけれど、どうだろう、もうこのぐらいのレベルで物事を考えないと、本当に僕たちはこの地球上からいなくなってしまうのではないか。
 暑いときには、涼しい恰好をして活動をする、というのは人間としてごく当たり前のことで、「きちんとした恰好をしなければいけない」という人たちのあたりからこそ、そのキチンということについて、きちんと考え、変わり始める時期が来ているのではないかしら。