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平成9年1月25日

 このコラムは、確か1989年の4月から書き始めたので正確には違うのだけれど、毎年1月がめぐってくるたびに、もう何年になるのかなぁと考え、しみじみ身のまわりを振り返ってしまう。子どもが大きくなっていくことに、お父さんとしてどのようにかかわるかについて何か書いてくれませんかというのが、その時の編集部からのオーダーだった。子どもとのかかわり方の視点から、毎月、自分の身のまわりのさまざまなことを振り返ってみる作業は、その頃、いやいつでも常に、新米のお父さんとしての僕にとって、なかなかおもしろく、毎回楽しみながらここまで来てしまった。
 子どもたちと一緒に、彼らを取り巻く私たちの国の社会の有り様を見ていて、いつも不思議に思うのは、子どもというのは大人とまるで別の生き物であるかのような、大人のものの言い方である。あたり前だと思うのだが、ものすごく大人びて見える人であっても、ちょっと前までは、絶対に子どもだった。あの時代があったので、または、あの時代を経てきたので、今のその人がそこにいるのだという視点から、子どもにまつわるさまざまな問題をながめまわしてみれば、子どもを取り巻く問題の相当の部分の解決の目安が立つように、楽観的な僕には、見える。ちょっと前の僕たち、そしてすぐ後の僕たちが連なって、そこに一緒にいるのだということを、いつも心にとめておきたいと思う。
 さて、今年も、1月15日がすぎていった。成人の日。少し前に20歳だった僕は、あの頃何を考え、何をやり、何をしたいと思っていたのだろうか。1年に1回、大人全員が20歳のときの私を正直真剣に思い出す日として、成人の日は毎年やってくるのだということを、ここで確認してきたい。

平成9年2月22日

 田舎の方の山のふもとに住んでいる友人が、自分の家の前の田んぼを横切って、熊が山に入って行くのを見ていた経験を話してくれたことがある。熊は、歩きやすいとか道になっているとかとはまったく関係なく、行きたい所に向かって、まっすぐに歩いて行くのだそうだ。夏だったので、だいぶのびた稲が、風に吹かれたようにザワザワとまっすぐにかきわけられ、その先頭の所に、黒い塊に見える熊が、グイグイと進んでいったのだよ、と話していた。ううむ、かっこいいなぁ。 冬になっても、美術館には、子どもたちがたくさん来る。来て何か活動ということになれば、いつも言っているとおり、まずは美術館探検に出かけることになる。この探検は、ま一応、美術も少しは見るけれど、時間のほとんどは、子どものときの好奇心の持ち方の練習のような活動にあてられる。美術館の広い庭の隅々をうろつきまわるというのも、活動の大切な一部だ。
 この前、雪がたくさん降って、庭の植木が、すっかりうまってしまったときがあった。一面、雪の原になってしまった所を子どもたちと歩き回ると、彼らは、下に何があるか関係なしに、なにしろ行きたい所にまっすぐ行ってしまうことがわかる。表面上は、たいらになっていても、その下は、笹ややぶだったり、ツツジの植え込みだったりするわけだから、歩いて行くと突然ズボッと、足全部が埋まってしまう。子どもたちは、なにが起ったのか、一瞬わからなくなり、その後、カラカラと、雪まみれになりながら笑っている。熊は、あんまりズボッとならないような気がするけれど、多分こういうときも、いきたいところを目指してズンズンとまっすぐ歩いて行くのだろうな。ううむ、そうか、人間も、けっこうかっこいいもんだったんだなぁ。

平成9年3月29日

 僕が仕事をしている場所の東側は大きな窓で、いつも空を見ることができる。その空に向かって、ポプラの木が立っている。たいそう背の高い大きな木で、夕方、もう空は暮れはじめている中に、お日さまの最後の光をこずえに受けて、金色に輝いていたりする。 だいぶ前に、僕は、木のご飯は水と炭酸ガスだということを、学校で習った。炭酸がスは空気の中にあって、葉っぱの表面にあるたくさんの小さな口から取り入れ、水は、土の中から、あの木のてっぺんまで吸い上げるのだという。ううむ、でもね、吸い上げるったって、あなた、あんなに高いんですよ。本当に、てっぺんまで、水、いってるのかしら? それに、どう見たって、その木の下の土は乾いていて、水なんてあんまりないようだしなぁ。土の中って、本当に水、いつでもあるんだろうか。
 子どものころに、学校で習った、さまざまな知識を、大人になってから、ふと真剣に思い出して点検してみると、そこには、とてもたくさんの不思議があることに気づく。その中には、どうしてこれまで不思議に思わずにこれたのだろうかと心配になるほど、重大な問題もあったりする。多分、学校で学ぶ知識というものは、僕にとってはそういうものだったのかもしれないな、と、今になって僕は考える。
 窓の外の広い夕暮れの空に向かって立つ、金色に光るポプラの木をめぐって、まず一番に僕たちがしなければいけないことは、「ひゃー、あなたは今なんときれいなんだろう。」とびっくりすることではなかろうか。たぶん驚くべき広さと深さで土の中に張りめぐらされて、一生懸命小さな水のかけらを探している大小の根っこを思いながら、4月から始まる新学期に向けて、お父さんの僕は考えている。

平成9年4月26日

 ずうっと前、ある放送局のラジオ番組に呼ばれて、子どもとの関係についてのお話をした。このコラムでいつも書いているようなことを、僕たち大人も、ほんの少し前まで子どもだったことを忘れないようにしながら、彼らとの正直真剣な話し合いを通して、お互いに楽しく生活を組み立てましょう、というようなことを、アナウンサーに聞かれるままにいろいろしゃべったのだった。 僕がびっくりしたのは、番組が終わって「はい、ご苦労さまでした。」となったとたん、今まで「なるほど、そうですね。」と聞いていた、そのアナウンサーが、「で、齋さんちって、本当はどうしてんですか?。」と、まったく当たり前のことを聞くように質問してきたことだった。あのね、今、子どもとつきあう基本姿勢は、正直真剣って言ったばっかりじゃないですか、ほんとはどうしてるって、話したとおりにしてんですよ。僕が、このコラムで書いてきたさまざまなエピソードは、僕が実際に子どもたちとやってみて、おおそうだったのか、やっぱりそうだよな、なんとまぁ、おやこれは、というようなことだけなのだということを、今一度、ここで確認しておこう。
 子どもと相談して何かをすることは、大人にとってちょっと面倒くさい。大人が10考えたことも、彼らとやると、5ぐらいしかできないことも多い。でもね、そこの、考えていたものの5しかできなかった、別の見方をすれば、最初どうなることかと思ったけれど、5もできた、というところが、彼らといっしょにやる具体的な生活の場所なのだよね。
 正直に彼らと相談しながら、真剣にやれるだけやってみる。毎日の生活の中で、子どもたちがごくふつうにやっていることを、僕たち大人も、ふつうにやってみる。それだけのことだと、僕は思うんだけれどなぁ。

平成9年5月31日

 僕は、仙台市の川内にある宮城県の美術館で、教育担当学芸員という仕事をしている。学芸員って、毎日学芸会してる人のこと?とか、何で教育担当ってわざわざつくの?とか疑問を持つ人がいうかもしれないけれど、詳しくは、そのうちね。 で、僕の仕事を簡単にいえば、美術館に来る人たちの、さまざまな(絵を見る、描く、そしてそれにまつわる本当に広い範囲のさまざま)な質問や疑問の相談や問い合わせに、とにかくなんでも、まずはのりますよ、というものなのね。美術と美術館については、たいていの人が疑問の1つや2つ、必ず持っている。学校の図工で成績を付けられたけれど、ああいうことは本当にできるの?とかね。とにかく、どういう質問でも相談にのるわけです。そういうシステムというか係が、宮城県美術館にはあるのです。
 さて、そういう所に子どもたちが来ます。本当のことを言えば、僕は、子どものうちは、美術館に来なくてもいいぞ、と考えている人なのね。子どものときって、美術館に来る前に、やっておいたほうがいいこと、たくさんあるんじゃないの? 美術館に来て、なんだかわかんない現代美術ときちんと対峙できる大人になるために、子どものときにやっておくべきこと、それは何か。さ、それは何なのだ、答えなさい、と詰め寄る人がいたりするんだな、これが。
 いろいろ答えることはできるけれど、誰か他人の答えを聞く前に、僕としてはまず、彼らとよく相談し、彼らをよく観察することを勧めたい。彼ら自身が身体全体で何を言っているのか。まずその辺から、僕たちは彼らと話を始めるべきなのではないか。そんな、子どものいいなりになっていたんでは話になりませんよ、という態度の大人もいるけれど、さて、問題はどちらにあるのかなぁ。

平成9年6月28日

美術というと、絵を描いたり工作したりすることだと思っている人が多いけれど、僕たちの毎日の生活の中にある美術は、ほとんど見るだけだといっていいと思う。一生のうちで、真剣に絵を描く機会はそうたくさんあることではない。楽しんで美術の作品を見るために大切なことは、まずそこに見えるものを詳しく細かくていねいに見てみることから始めることだと、僕は考えている。最近の作品では、見るを越えて何が見えないかということも大切になってきたりするけれど、見えないことに気付くためにも、まずは見える物をきちんと探していくことが必要になる。「わかる」とか「知る」とかする前に、なにしろそこにあるそれをよく「見る」こと。意識してやらないと、これがけっこう難しい。
 子どもたちが大人と一緒に美術館にやってくる。子どもたちにとって、美術は、大人が見ている目線とはだいぶ違った視点でとらえられているように、僕には思える。彼らは、身体と、知っていることばを総動員して、そのことを大人に伝えようとするのだけれど、ほとんどの大人は、それを見ようとしたり、せめて言っていることに耳を傾けようとしていないように、僕には見える。子どもたちを詳しく見ていると、たとえそれが、まるでたわいのない、そしてなんだかわけのわからない行動のようでも、彼らがやっている動きにはたいてい深い理由があって、ごく真剣に一生懸命やっていることがわかる。たいていは、とても「あら、かわいい。」とニコニコ笑っていってられないほどに、彼らは真剣であることが多い。彼らは本当はどこに行って何をしたいのだろうか。彼らの行動の中に、その答えはある。彼らの行動の中に見つけられる物から始まる活動を、僕たち大人は始めたい。

平成9年8月2日

 子どもたちが美術館でする活動は、内容はさまざまでも、それにかかる時間はだいたい同じ長さであることが多い。午前10時頃から始まって、正午ぐらいまでの2時間前後。大人は、なんとなしに、その辺で活動をやめてしまったり、次に移っていってしまったりしてしまう。子どもか大人かを問わず、おもしろいことだったら、ずうっとやっていたいのだよね、本当は。この前来た幼稚園は、時間に十分な余裕を持ってやってきた。少し早めに昼ご飯を食べて、いつもの粘土と遊ぶ活動をして、普通なら、これでハイおしまいというところから、もう1時間活動を続けられることになった。彼らはどうしたと思う?全部で3クラスの子どもたちが、別々の日に来たのだけど、彼らは決して退屈なんかしないで、全員が全員とも戦い始めたのでした。戦いといっても、主に粘土のぶつけ合いを中心とした、順位付け。「生き物地球紀行」などのテレビ番組で見知っている、チンパンジーや、ライオンの子どもたちがやっているじゃれ合いとまったく同じような、誰がこの中で一番強いかを競うもの。ちゃんと泣く人や、対抗する人、その人にへつらう人とかいて、複雑に真剣に、しかし本当は、どのくらい力を入れたらいいのかわからないので、へっぴり腰で。見ている僕はずうっとあきなかった。
 真剣に、でも嘘っこで、気心の知れた仲間と、いろいろ工夫しながらけんかみたいなじゃれあいをするのって、やっぱりおもしろいよなぁ。地球の上に生きる動物の一種として、僕たちも、こういうふうにして、何かまとまって、社会なんていうものを組み立てていくわけなのだなぁ。思う存分やりきってしまう時間の中にこそ、地球人としての僕たち人間の、大切な何かがありそうな気がするなぁ。

平成9年8月30日

 それがウィークデーであることが多いとはいえ、休みの日に僕が出かける所にはほとんど人がいない。たおえば、午前中早くから森に出かけ、あっちこっちほとんど走るように歩き回り、お昼になって、お茶を沸かしおにぎりを食べ、午後、午前中見て気に入った所を再びゆっくり一周し、もとの駐車場まで戻ってくるあいだ、誰にも会わずに過ぎてしまうというようなことがおこる。そして、これは、街のすぐそば、仙台駅から車で10分ほどという森の話なので、すごいのだな。ううむ、仙台ってものすごい田舎だったのかな。 僕たちの国では、知られたとたんにどっと人が押しかけ、あっという間にごみの山、ということが本当におこるので、場所を教えるのは慎重にしたいが、今回は言ってしまおう。そこは、三居沢から青葉台を通り、太白山にかけての青葉山市有林(一部、国有林)なのである。時々新聞で論争が起こっている、あの青葉山市有林なのである。論争はあるけれど、普通の日、少なくとも僕が行った何日かは、本当に誰もいないのである。僕の知らない週末、あの辺はけっこう人が出ていたりしているのだろうか。
 歩き回るのに気持ちのいい山や森は、車で何時間もかかる遠くにしかないのだという考えは、どこかの大都会に住む人たちにまかせておこう。僕たちは、子どもを連れて、街のすぐ裏から始まる林を通り抜け、ビルの間から見えるあの丘の頂上まで、丁寧に、しかしさまざまな、その人にあった方法で、周りを楽しむお散歩に出掛けよう。
 この街に住むということは、実はこういうことだったのかと気付くあたりから、そこにすでにいるさまざまな生き物たちと一緒に生き続けることを考え始めたいなと、僕は考えている。

平成9年9月27日

 集団保育の人たちが、時々美術館に来る。子どもが15から20人、そしてほぼ同じ数のお母さんたち。そして、たくさんの粘土を使ったドロンコ遊びを始める。子どもたちは、自主的に子どもたち同士のさまざまなふれあいの行動をし始める。ふれあいといっても、なにしろほかの子といっしょにいるという経験がまだ少ししかないわけだから、さしあたって、ちょっと隣の人の頭をたたいてみるというようなことをするのだよね。注意深く見ていると、他人とふれあうための行動は、実に注意深く行われて、本格的なけんかとは明らかに違っている。でも、お母さんにとっては大変なことのようなのだな、なにしろ隣の人に手をあげるというのは。で、「やめなさい、なんてことをするの、さ、あやまりなさい。」ということになってしまう。ううむ、するとなにか、隣の人と何か関係を持とうとすることは、ほとんどダイレクトに、あやまることだったのか?
 子どもたちが、この時お母さんの顔を見ている目は、このようなことを訴えているように、僕には見える。禁止されても、3回ぐらいまでは、何とか相手とコンタクトを取ろうとする人はいる。でも3回ぐらいまで。それ以上は、彼らは他の子どもたちとコンタクトを取ることへの興味を急激に失って、お母さんとのみ遊ぼうとし始める。すると、なんとお母さんは、他の子どもと遊びなさいというんだな。子どもはどうしたらいいのだろう。子どもたちは集団でいるにもかかわらず、お母さんとも連携を失ったまま、深刻に孤立しつつ、その活動全体に興味を失い、活動は、15分を待たずに混乱の様子を見せはじめる。
 子どもたちといっしょに生活することは、一体どのような手を差し伸べることなのか。集団での保育を見ながら、僕は少し深く困っている。

平成9年10月25日

 9月の末に、少し長いお休みをとった。夏は過ぎてしまったけれど、これが僕の夏休み。美術館で働いていると、みんなの休みとは、休みがちょっとずつずれてくる。 いまだに、僕は休みになると早く起きてしまう。早く起きて、心ゆくまで洗濯をして、掃除をして、いきおいにまかせて朝食の用意をして、みんなでそれを食べ、洗い物ついでに台所まわりもきれいにして、さて、お茶でも となったところで、まだ9時すぎだったりすると何かすごくうれしい。でも、僕の家では、もちろん家族がいるのでこんなに全部一人ではさせてもらえない。このうち洗濯と洗い物と、あとお茶を飲むくらいだな、お父さんが最近させてもらっているのは。そうすると、まだ8時半頃ほとんどすべての家事は済んでしまって、さて今日は何をしようかな。
 でもね、さて何をしようかなといったところで、休みが始まって最初の1週間くらいは、何かあっというまに過ぎてしまうんだな。まず、このところ忙しさにずっとごぶさただった実家関係のあいさつ及びお墓参りでしょう。それに行きつつ、借金したままだったモーターサイクル関係の各お店まわりでしょう。それに、気になっていた僕の趣味関係のお店チェックをしながら、町の中をお散歩するっていうのもしなきゃならないでしょう。で、また趣味というのが結構多岐にわたっていたりするわけですよ。ね、なにやかや、ふだんの人間関係の修正修復活動で、日々はあっというまに過ぎていってしまうのです。
 で、そういうのが一段楽して、本当に何もすることがなくなってからが、休みになったっていうんだと、僕は思うんだな。さて、対社会的に何もしなくてよくなったとき、何かすること、何かある、みんな?

平成9年11月22日

 美術館に、「親子工作教室のようなことがやれませんか?」というような問い合わせが、公民館や児童館からくることがある。内容はけっこうおおざっぱで、2歳以上6歳までの人たちとその親が一緒に、工作なりなんなりを2時間ぐらいのうちにする、と、そのような相談であることが多い。僕は、こういうの苦手なんだよな。活動を組み立てるのもだけれど、参加するのも、もっと苦手だ。真剣に考えてみればすぐわかるけれど、2歳の人と、6歳の人というのは、極端にいえば、12歳と46歳ぐらいの違いがある。 もちろん、2歳と6歳の人たちは、一緒に遊ぶことができる。ただし、大人がほっておけば。そしてそれは、大人がイメージできる遊びとは、だいぶ違う形で始まり、その形も、どんどん動いていくことが多い。はたから見ていると、けんかのようだったり、ごみを拾って排水溝に落とすだったり、水たまりをびしゃびしゃ歩くだったり、なんだか変なこと。見ていると、彼らは結構お互いに抵抗しつつ、しかししばらくするとうまくなじみながら飽きるまで同じことをする。
 さて、ここに大人はどのように混ざってゆけるか。または、混ざってゆく余地のようなものがあるのか。ね、真剣に考えると、けっこう難しいのよね、これが。
 ほとんどの大人は、子ども一人一人が真剣に生きていることへの認識が、驚くほど雑であるように僕には思える。ある状況で、子どもたちが何を、なぜ、どのように対処して行動しているか。親という職業も含めて、子どもたちのために何か活動を組み立てようと考えている人たちが、まず最初にすべきは、その子どもたちをよく観察して見ることだと思う。
 さて、それからですよ、彼らと何をして遊ぶか考えるのは。