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平成7年1月26日

 モーターサイクルのエンジンを止めて、丘の上からまっ白に光っている蔵王の山並をながめながら、僕は「そうか、鎖骨を折ったのは、もうおととしのことになってしまったのだなぁ。」ということを考えていた。いや、考えていた、のではなく、ハァハァゼイゼイ、息を鎮めていたのですよ、本当は。モーターサイクルで原っぱを走りまわるのって、けっこう疲れるもんなんです、やり様ですけど。 骨折のためにモーターサイクルに乗れずにいる間に、古い友人が病気で亡くなって、彼が大切にしていたスペイン製の優秀なトライアル用モーターサイクルを、僕が引き取ることになった。ただ、これが少し昔のやつで、ということは、車重がけっこう重いのだ。まだ扱いなれていないことも手伝って、だから、いつもより早く息が上がるのも、当然だとは言える。そのことを理由にして何ごともなかったように生活することも可能だけれど、僕は知っている。やっぱり、体力が落ちてるのよ。
 さまざまなしがらみにあちこちあやまりながら、しかし僕は、なんとか運動する時間をひねりだしてはいる。できるだけ歩くとか、風呂に入ったら腹筋をするとか、心がけてもいる。だいぶ前から、瞬発力に対する興味はやめにしたから、別に筋骨りゅうりゅうでいたいというのではなくて、持久力をコントロールしながら、自分の体力を歳相応プラスにしておきたいというだけなのだ。やっぱり楽しくモーターサイクルに乗りたいものね。
 モーターサイクルに乗るために運動をする。なにかをするために生活をきちんと組み立て、冷静に実行する。そうか、こういう生活を、モーターサイクルに乗らなくなるとしなくなって、そして、知らない間に、ゆっくりと心に脂肪がついてゆくのだな。

平成7年2月25日

 雪の日に、家族で車に乗っていたら、突然、バカンという音とともに、車の中に雪がどっと吹きこんできました。突然、すごくすてきな状態になったので、僕たちは「わぁっ」とかいいつつ、笑って手をたたきました。僕の家では、こういうとき、こうなるんだよなぁ。 僕の家の車の屋根はキャンバスで、それは、先に金具の付いたゴム紐によって車体に止められている。それは、冬の寒さでそのゴムの弾性がなくなり、何かの拍子に止め金が外れて、吹き飛んで開いてしまったという出来事だったのである。屋根をゴムで止めている?という疑問はごもっとも。しかし、家の車はそうなのだからしょうがない。2CVというガタピシの、でもかわいい、家族の一員の車。
 で、やっぱりこれはもう寿命かと、僕は新しい屋根を注文しました。その時に、今のは、開けるときにいっぺん車外に出て留め金をはずし、手でクルクルと丸めてフックに止めるという方法だったのですが、新しいのは車の中からパタンと開けたり閉めたりできる機構のやつをたのみました。ま、せっかくなんだし。
 その事を家の人たちに発表したら、なんと、みんな少し悲しそうなのね。簡単簡便というのは、我が家らしくないと、こう言うわけです。さ、屋根を開けるぞ!といっぺん止まって、しみじみ、わくわく、クルクル巻き取ると、パカンと青空が広がる、そういう方がうちらしいのではないかと、そう言うわけです。僕は、とてもうれしかった。
 急いで簡単に、効率良くどこかへ行くためだけにではなく乗る車が、僕の家にはある。一見面倒臭いことの中に、楽しくわくわくすることがたくさん隠れている。何が面倒なのか点検してみると、僕らの求めてきた豊かな生活って、けっこう的外れだったんじゃないのかなぁと思えてくる。

平成7年4月22日

 僕は今日ちょっと筋肉痛だ。昨日半日、モーターサイクルで、緑の盛りの林の中を走り回っていたからなのはわかっている。こういう痛いのはうれしいよね。しばらくぶりだし。筋肉痛は、整理体操の善し悪しに深くかかわっている。もちろん普段使っていない筋肉を急に使ってしまったということも関係がなくはないが、でも、それは思っているよりたいした問題ではない。問題は、終わってからの体操、特にストレッチだと思いますね、私は。春休みだったので、子どもたちが家にいて、ここ数週間、僕は、知らないうちに、良いお父さんっていうのをやってしまっていた。それはそれで、楽しかったし、新しい遊び方も発見したりしてよかったのだけど、ある日お風呂に入って背中を見たら、背骨の周りに吹き出物が出ているではありませんか。これは、僕の身体の内側のバロメーターで、何か無理していませんか、というシグナルなのね。
 おかみさんとちょっと長めのドライブに出かけたり、もうだいぶ大人になった娘たちと、話をしながら自転車で走ったり、古い友達に呼ばれていって5時間かけて食事を楽しんだり、みんなと一緒に過ごすことも、なかなか楽しいことではある。しかし、基本は一人で遊べるか、ということに戻ってくるんだな、僕の場合は。
 どっちが大切で、なにがどうということではなく、みんなと遊ぶのと平行して、自分一人で完結することのできる活動を何個か持っていること。自分がおもしろいと思ってやったことの整理体操のようなことを頻繁にして、若干の筋肉痛としてためこんでおくこと。そういうことがみんなで遊ぶときの元気のもとになるんじゃないのかなってことを、さて、いい季節になったので、確認しておきたいなと、お父さんは思うのであります。

平成7年5月27日

 ベニヤの板を20センチぐらいに四角く切って、何か絵を描く。それを糸ノコで「適当な形」に切ってパズルにする。というような活動をする幼稚園や保育所が増えてきているのだろうか、最近たくさんの先生たちが美術館に電動糸ノコを借りにくる。ま、これはなかなかいいと思いますよ。で、ほとんどの人たちは、まさに「適当」に切って帰ってゆく。しかし、それで子どもたちと遊んでみるとわかるのだけれど、すぐにあきちゃうんだよね、形が適当だと、、、。 もちろん、楽しく遊べるパズルであるためには、さまざまな要素がかかわっている。絵柄もそうだし、たとえばその木の厚さとかね。でも、僕はそのピースの形が大切なのではないかと思っている。お店にあるパズルをよく見ると、実は大変注意深く形がきめられていることがわかる。絵柄はどうあれ、一つ一つのピースの形が、美しいか、不思議か、へんてこりんか、とにかくなかなかおもしろい。
 僕がこんな話をすると、たいていの先生たちは「なるほど。でも、子どもたちが使うんですから、、、。」と言って、やっぱり適当に、急いで切ってしまってゆく。でもなぁ、子どもが使うものだからこそ、できたらきちんと理由のある形にした方が良いんじゃないかなぁ。そもそも、子どもだから適当なもので良い(たぶん、ごまかせる、または、どうせ分からない)と思っている事自体が、何か差別的だと思いますよ、僕は。
 確かに、クラス全員のパズルを切るのが大変なのは良くわかる。でも、それをなんとかする方法はたぶんあるが、子どもたちの頭にすりこまれる形の印象は、もうどうしようもないんだよね。
 今の子どもがどうこう言う前に、大人がするべき文化的な作業は、まだたくさんあるような気がするなぁ。

平成7年6月24日

 美術を見るのも、僕の仕事の大切な一部なので、普通の人よりは、だいぶたくさんの絵や彫刻を、好き嫌いを問わず見ることになります。で、これまで見たのをざっと見渡してみて思うのは、絵って、けっこう歳をとってからでないとうまく描けないんだよな、ということなんだな。やっぱり、若いうちって、なんかいろんなこと、空回りしちゃってるみたいなところがあるからなんだろうか。 だからというわけではないけれど、僕は、どちらかというと早く「とっしょり(年より)」というものになったほうが、人生もっと面白そうだと思っていて、私自身が歳をとるのだと、という視点から「老人」に興味がある。ところが最近、どうも「老人」という言葉は、あまり評判が良くないようで、新しい呼び方をみんなで考えようと誰かが言っている。イメージが悪いということのようなのだけれど、いったいどこの、誰のイメージが悪いんだ?
 ことばを変えたって、イメージ自体が変わらなければ、実は何も変わらない。イメージはそのままに、その呼び方を変えてしまってうまくいったものって、どっかにあるのかなぁ。
 歳をとるということが、いつまでも若々しくいるということとは別に、だからこそ、たとえどういう風になったとしても素敵で面白いことであるという肯定的な老人のイメージがまずなければ、言葉なんか変わったって、たいしたことにはならないんじゃないだろうか。これまで大切に使われてきたことばそのままに、そこから思い起こされるものを点検しなおす作業。本当にすべきことは軽薄に呼び方を変えて、目先のごまかしに走るのではなく、そもそものイメージを明快にだして、なにを尊敬すべきなのかをしっかり見据える態度なのだと、僕は思う。

平成7年7月22日

 最近、やたらと忙しい。普通に生活しているとき、僕は、基本的に相当いいかげんで、「ひゃー、人生には、いろんな事がへんてこりんにたくさんあるんだなぁ。でも、ま、ほとんどのことは、どうでもいいことじゃないの。だから、みんな、それぞれリラックスしましょ。」というような心構えで生きている。けれど、この「ま、どうでもいいな。」という構え方は、けっこう難しい。周りがどう言おうと、僕が忙しいと感じていないときには、この構えは肯定的積極的に働く。逆に、自分自身がなんだか忙しいと感じ始めると、とたんに少し殺伐となげやりになってきて「けっ、そんなもん、どうでもいいや。」というような感じに変わってきてしまう。僕は、心が顔に出る性格なので、困るのだ。
 市内高校美術展を見る機会があった。こういうのをぶらっと、しかしいっしょうけんめい見るのって、忙しくて殺伐としてきたなぁと感じ始めたおじさんにはけっこうきく。
 元気のいい美術には、何を見ているか、何を見たいのかが素直に出る。「おいおい、君はその歳で、本当にこういうの見たいわけ?。」とか、「ううむやっぱり、がんばって描いちゃってるやつが賞とったりしてるんだよなぁ。」とか、「おまえよう、せめて美術館の常設展ぐらいは見た方が良いんじゃないの。」とか、ま、好き勝手なことを心のなかで話ながら一巡りする。そうすると、「そうだったよな、俺も、こういうのくぐり抜けて、何とかやってきたんだったよな。」なんていうようなことをしみじみ思い出して、ほっと息をぬきながら「ま、いろいろあるけど、どうでもいいか。」とつぶやいていたりする。
 こういうところこそが、若い人たちが、僕たちの回りにいてくれるってことの、けっこう大切な部分なんではないかと、僕は考えている。

平成7年8月26日

 僕は、毎朝、10階にある僕の家から、建物の外側の非常階段を使って下まで降りる。この階段は、広瀬川をはさんで権現森に面していることもあって、ものすごい数の虫に、四季折々、出会うことができる。虫がいると、それを食べる鳥も来る。静かに動いてゆけば、踊り場を曲がったとたんに、気持ちよく鳴いていたひよどりと鉢合わせする、というようなこともおこって、飽きずに一年が過ぎる。 昨年、4階と2階の踊り場の天井に、たいへん立派な女郎蜘蛛が1匹ずつ、各々網を張っていて、僕は、4階の蜘蛛に「カミジョウ」2階のには「シモコウベ」という名前を付けて、毎日あいさつをすることにしていた。この名前は、子どもたちとの話の中で、どうせ付けるのなら、立派な感じがする方が良いと考えて、上と下をはっきりわかるようにする以外、深い意味もなく付けたのだから、同じ苗字の人はおこらないでね。
 昨年の冬以降、この蜘蛛たちの姿を見かけなくなったと思っていたら、今年の夏、彼らがいた天井には、数え切れないほどの小さい女郎蜘蛛が、いっぱい網をかけていた。夏も終わりのこの時期になると、結構でかくなったのも出てきて、ううむ、さすがの僕も、最近その下を通る時は、首をちぢめて少し急いでしまう。なにしろすごい数なのだ。
 こうしてある程度大きくなったのを観察してみると、おう、なんと、昨年のカミジョウやシモコウベに似たのが何匹かいる。うかつにここまで気がつかなかったけれど、そうか、君たちは彼らの子どもだったのか。
 カミジョウとシモコウベは、たくさんのチビ蜘蛛に姿を変えて、今ここにいる。昨日の夜、高校生の娘と、生き甲斐について話しあったけれど、ううむ、この蜘蛛たちなんかそういうこと何も考えていないんだろうけど、親も子供も、なんだか僕らより、ずっとすごいよなぁ。

平成7年10月28日

 街はいい天気だったのだけれど、仙台市内とは言え、川崎町との境目に近いこのあたりは、子どもたちが学校へ行くよりだいぶ早いこの時間だと、まだ、朝霧が上がっていない。金色にけむった小高い丘の中腹をぬって、舗装された広い2車線の道が、峠に向かって快適なカーブを描いて登っている。車は走っていない。ここを、モーターサイクルで、加速しつつ身体を左右に傾けながら駆け上がって行く。登りきると、広がる丘の連なりの向こうの薄曇りの空に、キラリと光る太陽があって、突然まわりの空気が暖かくなるのがわかる。ひゃっほう! ウィークデイの朝早く、僕は、新しくモーターサイクルを買った若い女性の友人の「ならし-最初の100キロくらいを注意深く走って、機械のなじみをとること」につきあって、今、この道を駆け上がってきた。もちろん「ならし」なので、そんなに速く走っているわけではない。ま、しかし、速さなんてごく相対的なものだから、ゆっくり走ったって、充分にライディングを楽しむことはできる。
 しばらく走った後、道路の脇の鎮守様の前で、ひと休みした。ヘルメットをとった彼女の顔はニコニコ顔で、この道は自動車でよく走ったことのある道だったのに、今日はまるで違う道のようだと話してくれた。うふふ、そこだな、問題は。
 天候を見極め、早起きをし、そして、新しいモーターサイクル。条件をきちんと整え、リラックスして頭をあげてみわたす。するとそこは、ふだんとまったく違った状況が出現する。そこは知っている。あそこは行ったことある。なるほど、しかしそれより、どんな状況で、どういう気持ちで。楽しむためには、こっちの方が大切だ。積極的に感じる姿勢が、身の回りの面白さを見つけ出す。

平成7年11月25日

 モーターサイクルに乗ることは、僕のライフスタイルであって、趣味ではない。たとえば、少し長い休みになると、時々僕は、朝2時に起きて用意をし、モーターサイクルで高速道路を一心不乱に走り続けるという遊びをするために、まだ真っ暗なうちに、家を出る。3時に東北縦貫道に乗れば、クロームメッキされたヘッドライトに映りこむ空が、黒から紫を経てスカイブルーに移行していく様子を十分に楽しみながら走っても、8時には、ハイウェイの北のはずれの出口でヘルメットを脱ぎ、携帯用のガスコンロで、朝のコーヒーを飲むことができる。「アオモリ」は、僕にとってはそういう所として、僕の家の玄関の前から続いている。 この前、山形に住んでいる若い女性の友人と話していたら、彼女も、山形市内の移動には小さなバイクを使っているということだった。「やぁ、それなら、天気のいいとき、仙台までバイクで来てみるとおもしろいのに。」と僕が言うと、彼女はしばし絶句した。彼女にとって、その小さなバイクは、そんな「長距離」を移動するものとしては考えていなかったらしいのだ。
 ううむ、確かにそれは、彼女の「日常」の範囲の中を「手軽に」移動するものなのだろう。で、その日常が、その小さな機械を操縦することによって、その手軽さのままどこまでも広がり、ふと気づくと「アオモリ」まで行ってしまえるところが、すごくおもしろいことのように僕には思えるんだけれどなぁ。僕の経験から言えば、これは、移動する距離の長さや、バイクの大きさとは関係ないな。自分の居る場所が、そのまま世界に通じているということを、ある日、小さなバイクを通じて感じる。すると、日常ってすごく大切でおもしろいんだって思えてくるんだけれどなぁ。