平成10年2月28日

 じつは、僕は彫刻家なのである。公立の美術館にいてみんなの相談にのるという、公務員にしてなおかつ先生みたいな仕事もしているし、ま、夫にしてお父さんとか、モーターサイクルライダーにしてお散歩趣味人とか。「あなたの職業は?」と聞かれた時に答える用意はしてあるけれど、大切なところで職業を聞かれた場合、「私は彫刻家です」と、まずは答えたい。僕は、社会の中で空間の中に純粋な表現を創り出す、というのを仕事とする係なのである。大学の時の僕の彫刻の先生が今年度で退官となった。今、僕が勤めている美術館のギャラリーで、退官記念の展覧会をしている。学生にとって良い先生だったということは、逆から見ればものすごく世話をかけた先生ということであって、そして、彼は僕にとって大変良い先生だった。このコラムで何回か書いた通り、僕は大変なまいきな学生だったしね。
 展覧会と並行に、僕は先生に世話になった仲間といっしょに、彼の彫刻の作品集を作ることにした。さまざまあったけれど、今月初めその本はできてきた。
 自分の先生の作品集を作るという作業はとても不思議な体験で、同じような機会があったら、みんなぜひしてみることをおすすめしたい。自分の先生の足跡を丁寧にたどりなおすことは、とても直接的に自分の足元を点検しなおす作業になる。僕は彼の良い生徒とはあまりいえず、僕の作っているものは先生の作るものとはほとんど関係がないような形をしていたりするのだけれど、詳しくたどってみると、形以外の部分での共通点の多さには、少し驚くほどだった。で、先生は退官し、僕は彫刻家であるべき自分について、思いをめぐらしたりすることになるのである。