平成5年1月30日

 いったい何が面白いといって、この時期に、モーターサイクルを駆って、ひとり、冬枯れの雑木林の中を走り抜けることほど、血沸き肉踊ることはない。< 冬、スポーツとしてモーターサイクルに乗ろうとすると、寒いのは、そんなにマイナスな要素ではない。寒いと、誰も外に出て来なくなるので、町からすぐの丘の麓を巡る廃棄された林道なんか、本当に誰もいないわけね、日曜日なんかでも。子どもたちが模擬試験だかなんだかで、どこかに出かけてしまった休日、そういう所を、いつもは通勤に使っているモーターサイクルでもって一生懸命走り抜けるのが、僕は好きだ。
 「ちょっとその辺まで。」と言って出てゆく割には、僕のいでたちはなんだかものものしい。そりゃあそうだ、ちょっとって言ったって、大人が一人、モーターサイクルとともに出かけるんだぜ。これははっきり言って冒険なのである。できたら、大冒険でありたいなあと、少し思っていたりするのである。谷の下の方の広い道を、切れ目なく自動車が走っているのが見えているとしても、今、僕が走っているこの未舗装の道は、落ち葉におおわれていて、誰の足跡もついていない。ここで転んで動けなくなってしまったら、まず1週間は、誰にも見つからないと考えた方がいい。街に近いかどうかに関わらずそういう所は存在する。ふむ、冒険の荒野は、視点を変えれば、僕たちのすぐそばに広がっていたのだなあと、お父さんは一人心をふるいたたせ、静かな緊張に包まれるのであった。
 本当なら、スクーターでよかったのに、通勤用だといって、凸凹道用のモーターサイクルを買ってしまったお父さんというのは、本当は、たぶん、こういうことを、みんな、したいんだと、僕は信じたい。