
「ちょっとその辺まで。」と言って出てゆく割には、僕のいでたちはなんだかものものしい。そりゃあそうだ、ちょっとって言ったって、大人が一人、モーターサイクルとともに出かけるんだぜ。これははっきり言って冒険なのである。できたら、大冒険でありたいなあと、少し思っていたりするのである。谷の下の方の広い道を、切れ目なく自動車が走っているのが見えているとしても、今、僕が走っているこの未舗装の道は、落ち葉におおわれていて、誰の足跡もついていない。ここで転んで動けなくなってしまったら、まず1週間は、誰にも見つからないと考えた方がいい。街に近いかどうかに関わらずそういう所は存在する。ふむ、冒険の荒野は、視点を変えれば、僕たちのすぐそばに広がっていたのだなあと、お父さんは一人心をふるいたたせ、静かな緊張に包まれるのであった。
本当なら、スクーターでよかったのに、通勤用だといって、凸凹道用のモーターサイクルを買ってしまったお父さんというのは、本当は、たぶん、こういうことを、みんな、したいんだと、僕は信じたい。