平成4年3月28日

 学校に行っている子供が2人いる僕の家では、毎年3月もこの時期になると、今年の成績をさかなに、ふと逆上的に教育についての話が盛り上がっちゃったりすることがあるのですが、みんなのところはどうなんだろう。義務教育で行われる教育をよく考えてみると、僕たちが、今、何の上に生活を成り立たせているのかがはっきりしてきたりして、ううむ、君たちの将来もけっこうシビアなんだよなぁ。本当ならば、義務教育でのお勉強っていうのはさ、競争してまでおぼえなきゃぁないことなんてないわけで、これってあれでしょう、つまり人間として、まぁこれくらいは知ってたほうが便利で生活しやすいですよっていうぐらいなもんであって、それでこれからの生活がどうなるこうなるっていうもんじゃないはずなのよね、僕のこれまでの経験を振り返ってみても、、、。
 どうも今のままだと、もし宇宙人が地球に来たときに、この惑星の代表としてコンタクトをとるのは鯨の一族のような気が、僕にはして、もしそのような事態になったとしても、僕の子供たちが、生物としての人間として恥ずかしくなく、せめて、サイなんかと同じくらいには、地球の動物としての威厳と、環境に対する誠実さとを持っていることができるためにこそ、まず、基本の教育はあって欲しいもんだと思うんだがなぁ、というのが、今のところ、僕の、基礎的集団教育に対する考え方で、しかしこれって、そうとう今の日本じゃマイナーな考え方なんだろうなぁ。
 負け惜しみだと言われてもいいから、成績の点数がよいというのと、人間として頭がよいというのとの違いを、大人は真剣に考える時期にきているのではないだろうかと、新しく学校に入るための人たちのためにも言っておきたいと思います。